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「楽しかった」集中講義

2月19日から21日にかけて、名古屋学芸大学にて集中講義「メディア・リテラシー演習」を担当しました。1年前まで毎日勤務していた職場との再会は、なんとも不思議な感覚でした。

授業では、既存のメディアの表現様式を利用した表現形態「メタ表現」をキーワードにして、ワークショップや作品紹介などをおこないました。授業の内容や雰囲気づくりは、あれこれ考えて私なりに工夫をこらしたものです。3日間にかけて、数々の課題をこなさなければならなかった受講生のみなさん、どうもおつかれさまでした。そして、積極的に課題に取り組んでくれたことに感謝します。少人数だったので発表の時間を長くでき、ぜいたくな授業になったと思います。

授業の最後に無記名の授業評価のアンケートをとったところ、 「楽しかった」という感想がいくつもありました。お世辞かもしれませんが、うれしいものです。受講生の感想から一部を紹介します。

●楽しかったです。

●すごく楽しかったです。

●なかなか面白い授業でした。

●楽しくて、タメになる講義でした。他の科目の講師もやってほしいです。

●講義とそれ以外のバランスが良く、楽しみながらも学べた感があり良かったです。

●様々なメディア・リテラシー体験を行って、とてもおもしろかったですし、もっとリテラシーについて学びたいと思いました。

●タノシイ授業の典型。机に向かって講義するよりも集まって何かするのが楽しいので、これからもこの体制をしていってほしいと思います。

●凄く久しぶりに面白い、ねむくならない授業でした。映像や企画もおもしろく、学習意欲をそそられました。もう一度受けたいくらいです。

●なんだかとてもふんいきのよい授業でした。大学の授業なんだけど、とても良い意味で高校ぽかったです。表現する事について見直せた気がします。

●とても楽しい授業でした。初めは、普通に講義をしてくれればいいと思っていましたが、先生がはじめに言った様に記憶に残る授業だったと思います。

●短時間で集中して作業して、講義して、という授業内容が、すごく良かったと思います。内容も興味があることばかりだったので、楽しかったです。今まで受けてきた授業の中で上位に入るくらいです。

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東京ビデオフェスティバル 31年の歴史に幕

今日は衝撃的なお知らせを受け取りました。

「東京ビデオフェスティバル」(TVF)が、2009年をもって終了になるそうです。TVFは、日本ビクターが主催していました。今回の終了決定には、昨今の景気後退の影響もあるのではないでしょうか。とはいっても一社提供のイベントが、これほど長く続いたこと自体が奇跡なのかもしれません。

私は宮原さんとつくったアフガニスタンの女性を描いた短編ドキュメンタリー「girls’ dream」がTVF2004に入賞したことがあります。翌年2005年には、名古屋で「メディアの中の女性」をテーマにした1日イベント「IMAGE: そのイメージを、疑え。」を仲間と開催したときに、フェスティバル事務局には協賛していただいたご縁があります。

「東京ビデオフェスティバル」は、さまざまな映像作品・作家を輩出してきた30年を越える歴史をもった映像祭です。映画館で上映される「映画」とは一味も二味も違う、魅力的な個人制作の映像作品があつまるユニークなイベントでした。歴史もそうですが、なにより「東京ビデオフェスティバル」を素敵なものにしているのは、主催者の方々の熱意です。入賞者の輪をひろげるための工夫をこらしていたり、作品や審査に向かう真摯な対応は、忘れることができません。単なるイベントではなく、審査員や入賞者による上質なコミュニティができあがる場になっていたのが印象的です。

それが、今年を限りに消えてしまうのは、なんとも残念です。なんとか存続する手はないでしょうか。一社のスポンサーにたよるのではなく、市民が主体となって運営する映像祭として生まれ変わる可能性もあるかもしれません。これまでの歴史を編んで、記録をのこすことも大切ですね。なにかできることがあれば、私も協力したいとおもいます。

●関連リンク
入賞者・映像ファンが集うメーンイベント『TVF2009 in YOKOHAMA』を開催

ビデオの祭典(宮原さん)

アルジャジーラがクリエイティブ・コモンズ

個人がドキュメンタリーをつくるとき、既存の映像素材を使いたいことがあります。
しかし、簡単で安価な素材入手の手段は限られています。
放送局のように、過去のストックから自由に引き出してくることはできません。
個人の、とくに非商業的な、ドキュメンタリー映像制作で、自身以外の映像を使うのは大きな壁があります。

さて、2009年1月13日から、中東カタールのニュース放送局のアルジャジーラが、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスで、いくつかの動画を公開しはじめています。

これらの動画は、クリエイティブ・コモンズのなかでも、もっとも「ゆるい」帰属ライセンスです。つまり、アルジャジーラのクレジット表示さえしておけば、わたしたちは動画を共有したり、字幕をつけたり、リミックスしたり、再利用することができます。

現在、西側メディアが取材できていない、紛争地帯・パレスチナ自治区ガザの模様が数十本あります。アルジャジーラは、海外他局からの映像使用料を大きな収益としているらしいので、すべての動画がクリエイティブ・コモンズにはならないでしょう。しかし、自局だけがつくりだせるコンテンツを効果的にひろげる、興味深い試みだと思います。

このような流れが他の事業者にもひろがれば、個人の映像制作者にとっても福音になりますね。

アルジャジーラがクリエイティブ・コモンズ情報庫を公開 (Joi Ito’s Web)

Al Jazeera Creative Commons Repository
http://cc.aljazeera.net/

“アルジャジーラ 報道の戦争すべてを敵に回したテレビ局の果てしなき闘い” (ヒュー・マイルズ, 河野 純治)

増山たづ子という「写真家」

新宿のコニカミノルタプラザで、増山たづ子写真展「遺されたネガから」を観ました。
平日の昼間でしたが、年配の方中心にたくさんの来場者でにぎわっていました。

増山たづ子さんは、徳山ダム建設で水没する岐阜県徳山村の記録を撮りつづけたアマチュア写真家です。
写真は、村のさまざまな行事や風景、人々を撮影技巧を凝らすことなく写しています。
人々の表情は、村人でなければけっして撮ることのできない自然なものです。
徳山村の風景は特別なものではなく、誰でも自分の故郷が思い出されるような日本の田舎の風景そのものです。

彼女は、一眼レフではなく一般的なオートカメラを使いつづけました。
彼女の写真は、プロではない人による売り物ではない表現です。
その表現が大きく取り上げられるようになったのは、やはりダム建設問題の現場のドキュメンタリーであるという社会的背景が大きいはずです。
写真そのものよりも、彼女がどのようにしてデビューし、有名になったのか。つまり、プロデュースしたのは誰だったのかが気になりました。
すくなくとも朝日新聞は、今回も主催者のようですし、大きく関わっていたようですね。

会場で上映されていた名古屋テレビ(メ〜テレ)の特集映像は、いただけませんでした。
せっかくの取材が、安っぽいBGMで台無しです。会場にこの音楽が響いてしまっているので、感動の押し付けがましさが目立ってしまって残念です。
久々に安っぽい名古屋のローカル番組を思い出しました。

増山たづ子さん亡き後の関係者にインタビューした新聞連載記事のなかでも、彼女のおいの小学校の先生の言葉が印象的でした。
彼女を、戦争の被害者、ダムの被害者として描くのは簡単ですが、ただのセンチメンタリズムで語ってはいけない写真家だと思いました。
彼女がカメラを手にする前は、テープレコーダーで生活音などを録音していたといいます。
その音がどんなものだったのか聞いてみたいものです。


“増山たづ子 徳山村写真全記録” (増山 たづ子)

増山たづ子写真展
http://konicaminolta.jp/plaza/schedule/2008december/gallery_bc_081202.html