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プログラミン

2010年8月19日に公開されたばかりの「プログラミン」が話題です。

プログラミン
プログラミン | 文部科学省
http://www.mext.go.jp/programin/

「プログラミン」は、文部科学省がプログラミングの啓蒙コンテンツとして公開した、Webブラウザで動作する簡単なプログラミング環境です。「プログラミン」では、あらかじめ用意されたさまざまな役割をもった「プログラミン」という命令を組み合わせることで、絵を動かしたりすることができます。

「プログラミン」は、画面の演出が軽快で、機能もシンプルにまとまっていて、とてもよくできています。WebブラウザとFlashプラグインだけで、どこでも気軽に試せるところがいいですね。絵をじぶんで描くこともできますし、用意された音を簡単につけることもできます。プログラムが完成するとURLができて、メール、ブログパーツ、Twitterで伝えることができます。また、他者の作品をもとに、編集しなおすことができます。つまり、自動的にソースが公開されていて、フォークできる開発環境だといえます。

「プログラミン」では、いくつかの命令が用意されています。この用意された命令の構成から、「プログラミン」の設計方針や思想が垣間見ることができて、たいへん興味深いです。一つ一つの命令とその機能によって、作者がプログラミングのどこが重要だと考えていて、伝えようとしているのかを読みとることができます。そこで「プログラミン」の作者が、だれなのか気になるのですが、サイトに制作者のクレジットは掲載されていません。Twitterで見たところ、Webコンテンツ制作会社のバスキュールによる制作のようです。

「プログラミン」=「スクラッチ」?

「プログラミン」は、「スクラッチ(Scratch)」に似ているという指摘があります。Scratchは、MITメディアラボで開発されている教育用プログラミング環境です。Scratchは、すでに世界中で活発に利用されています。

「プログラミン」とScratchは、どこが似ているのでしょうか。「プログラミン」は、凸凹形状のついたブロックを垂直方向に積み上げます。また繰りかえしの命令は、命令のブロックをはさみこむ形になっています。このようにブロックを組み合わせてプログラミングするユーザインタフェースは、Scratchによく似ています。一見すると「プログラミン」は、ScratchのWebアプリ版といっても通じそうです。

プログラミン
プログラミン
Scratch
Scratch

「プログラミン」は、Scratchを参考にはしているとはいっても、まったく別物です。ところが、プログラミンのWebサイトには、metaタグで次のキーワードが示されています。(2010年8月22日現在)

プログラム,program,プログラミング,programing,プログラミン,programin,スクラッチ,scratch,スクイーク,squeak,教育,知育,エデュテイメント,文部科学省,文科省,スーパーコンピューター,地球シミュレータ,子供

キーワードのなかに、「scratch」や「squeak」があります。「プログラミン」はScratchとは無関係なのに、なぜキーワードにScratchと書いてあるのでしょうか。これだけでは、制作者の意図が読みとれません。この表記は、これまでScratchのプロジェクトに関わった人にとっては、疑問に映るでしょうね。

私は、Scratchに似ているかどうかについては、あまり目くじらを立てるほどではないと思っています。「プログラミン」の登場で、プログラミングの入口がひとつ増えたことは間違いありません。さまざまなこども向けのプログラミング環境が選べることは、単純に歓迎すべきことだと思います。ただ現在のところ、公式には「プログラミン」の開発者の顔が見えません。そのため作者がどのような思いを持っているのかわからず、疑心暗鬼になってしまうのもやむを得ないかもしれません。

「プログラミン」への要望

「プログラミン」はいろいろと楽しい一方で、いくつか気になるところもありました。肝心の設計思想について感じるところはあるのですが、ここではスルーします。そのかわり、わかりやすい点を要望としてまとめておきます。

1.「文部科学省」って書きすぎ
「プログラミン」では、いろんな画面に「プログラミン」というタイトルと同程度の大きさで「文部科学省」と表示されています。これは、「文部科学省選定映画」的な狙いでしょうか。お上のお墨付きがあるので、子どもの親も安心しておすすめできる、ということを強調したいのか。そうだとしても、目立ちすぎです。こども向けのコンテンツに、いちいち所轄官庁を表示する必要がありますか。「プログラミン」は、総務省や経済産業省ではなく文部科学省なのだ、というアピールなのか、省庁間の力学があるのかもしれませんが、利用者にとっては大した情報ではありません。

2.プログラムを共有しにくい
「プログラミン」には、作成したプログラムを一覧するページがありません。制作者は、メール、ブログパーツ、Twitter経由でしか教えることができません。どれも、こどもが使うツールではないですよね。本当にこども向けなんでしょうか。また、他人が作ったプログラムをフォークできるのは良いのですが、フォーク元をたどることができません。これでは、原作者への敬意をあらわすことができません。

このように「プログラミン」は、作成したプログラムを共有する仕組みに欠けています。というよりも、「プログラミン」では、いろいろな問題を回避するために、あえて利用者同士の交流をつくりだす一覧ページやソーシャルな機能を、用意しなかったようにみえます。ただし、ソーシャル機能を追加するには、ユーザ登録や利用規約への同意など、面倒なステップが増えてしまいます。「プログラミン」は、そのような面倒な手続きが全くありません。ソーシャル機能の充実と利用者の利便性は、トレードオフの関係にあります。「プログラミン」では、ソーシャル機能を捨てることで、徹底的に利用者の利便性を優先しているのです。

こうした欠点を補うかのように、矢野さとるさんがさっそく共有サイトを立ち上げています(下記リンク参照)。

3.「タマーン」はいらーん
「プログラミン」でもっとも気に入らない命令が、「タマーン」です。「タマーン」とは、絵から絵を発射する命令です。要は「タマーン」を使って、「たま」を発射するゲームを作ることができるのです。しかも作成するゲームは、右向きに「たま」を発射するシューティングゲームになるように、あらかじめ想定されています。

「タマーン」は、「プログラミン」という開発環境の可能性を狭めるもったいない機能です。「プログラミン」には、もっと広大な想像力の世界があるはずです。しかし「タマーン」があることで、「プログラミン」をゲーム作成ツールに矮小化してしまうのです。これは悲しい。「プログラミン」に「タマーン」は必要ありません。

[追記]「タマーン」は右向き固定ではありませんでした。絵の向きを変えることで、任意の方向に「たま」を発射することができます。「タマーン」は、絵を動的に生成できるため、プログラミング的には有用な機能です。ただ、それにも関わらず、わたしが「タマーン」にひっかかりを感じるのは、その名称です。「タマーン」、「たま」、「はっしゃ」というコトバからは、どうしてもシューティングゲームを想像してしまいます。

4.「プログラミン」はいつまで持続するのか?
「プログラミン」で、いちばん心配なのは、このWeb環境の寿命が見えない点です。プログラミンが外部のプロジェクトであれば、文科省が掲載を止めても、引き続き外部のプロジェクトが運営を引き継ぐことができるかもしれません。ただし現状では、「プログラミン」の継続は文科省の判断に委ねられているようです。逼迫した財政状況のなか、こうしたWebサイトは、いつ消滅してもおかしくありません。プラットフォームが持続しなければ、作成されたプログラムもすべて消滅してしまいます。Webに依存しないダウンロードアプリ版が提供されてもいいのではないでしょうか。

関連リンク

プログラミン(文部科学省)…「プログラミン」の公式サイト。ここで遊べます。
http://www.mext.go.jp/programin/

プログラミン作品ギャラリー(矢野さとるさん)…こんなサイトがほしかった。「プログラミン」の非公式まとめサイトです。あらら、ドメインとられちゃいましたよ、文科省さん。
http://programin.jp/

バスキュール…プログラミンの制作会社。このWebサイトは独特の世界観を表していてすごい。
http://www.bascule.co.jp/

Scratch on the Web – プログラミン(小飼弾さん)…「プログラミン」を「Scratch on the Web」と弾言していますね。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51505249.html

「プログラミン」と「ビスケット」を比べてみる(原田康徳さん)…こども向けプログラミング言語の設計について示唆に富んだ内容です。
http://blog.goo.ne.jp/viscuit/e/7b4ba2a975bcc57e45d8925fd2b6bf17

Scratch…こちらがScratch公式サイト。世界中から100万を超える作品が登録されています。
http://scratch.mit.edu/

Twitterハッシュタグ#programin…プログラミンに関する話題やプログラム公開のつぶやきを読むことができます。
http://twitter.com/#search?q=%23programin

デジタルのはらっぱ

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先日お知らせした通り、東京のアーツ千代田3331で、イベントを行いました。8月10日は、ムービーカード・ワークショップと、8月11日は、フラットーク「デジタルの遊びを語ろう」で、簡単なプレゼンテーションを行いました。それぞれ、ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。

フラットークは、大学の先生から企業の方、フリーランスの方、学生さんなど、さまざまな方にお越しいただき、この分野に関心を持っていただいている方が多いことを実感しました。トークイベントのプログラムは、短い時間に多くの内容がぎゅっと詰め込まれていて、議論を整理する間がありませんでした。多くの参加者のみなさんには消化不良だったのではないかと思います。わたしも、参加者の方みなさんと直接お話できる時間がなかったことが残念でした。後日、イベントのWebサイトで当日の模様をまとめたものが公開される予定ですので、しばらくお待ちください。

フラットークでは多くの方にお世話になりました。コンダクターをお引き受けいただいたコクヨの安永哲郎さん、カフェ「SODA Bar」をプロデュースしていただいたBOX AND NEEDLEの大西景子さんと夏目奈央子さん、すてきなガレットをつくっていただいたたかはしよしこさん、さまざまな準備やお手伝いをいただいた学生スタッフのみなさん、ありがとうございました。

この活動にご関心を持たれた方、ぜひデジタルワークショップ開発者組合のメンバーまでお声かけください。

デジタルワークショップ開発者組合「デジタルのはらっぱであそぼう」
2010年8月10日(火) ムービーカード・ワークショップ
2010年8月11日(水) フラットーク「デジタルの遊びを語ろう」
会場:3331 Arts Chiyoda/アーツ千代田3331(東京都千代田区)
http://www.d-hara.org/event/

尾道で映像制作ワークショップ

Onomichi Workshop
Onomichi Workshop Members
この夏、尾道市でこどもむけの映像制作ワークショップが開催されました。全体で3日間のプログラムのうち、1日目のワークショップをムービーカードワークショップを中心に、私と宮原美佳さんで担当しました。後半の二日間は、福山大学の学生たちが先導役になって、映像の撮影・編集を行ったようです。

尾道市ではこうした取り組みは今回が初めてだそうです。参加者は少なめでしたが、かえって、こどもも大人も入り交じってじっくりと行うことができました。当日のプログラムは、午前中は、イラストや写真を使った自己紹介や、表情あてゲーム、写真を組み合わせて物語作り。午後はムービーカードワークショップを行いました。これらのプログラムは、当日参加者の顔を見ながら即興で組み立てたものもありました。

参加者のみなさんをはじめ、尾道市の担当者の方、今回の実施企画の飯田豊さん(福山大学)、関係者のみなさま、ありがとうございました。「デジタルはらっぱ」の会期中にもかかわらず、ワークショップを引き受けていただいた宮原美佳さんにも感謝。この日のワークショップは、メディア・エクスプリモ(JST CREST「情報デザインによる市民芸術プラットフォームの構築」)の協力を得て実施しました。それぞれ記して感謝いたします。

メディアリテラシー体験講座「映像作りに挑戦してみよう!」1日目ワークショップ
日時:2010年8月8日
会場:おのみち生涯学習センター
主催:青少年育成尾道市民会議
協力:福山大学・尾道ケーブルテレビ

関連リンク
映像制作を体験しよう(尾道) 飯田豊さん
http://oyakostyle.com/iida/2010/08/40.html
尾道メディアリテラシー体験講座・午前 宮原美佳さん
http://www.miyabaramika.com/archives/736
尾道メディアリテラシー体験講座・午後 宮原美佳さん
http://www.miyabaramika.com/archives/741
尾道の魅力を映像にしたよ 中国新聞
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201008210169.html

デジタルのはらっぱであそぼう!

この夏のイベントのご紹介です。デジタルワークショップをシステムから開発しているグループが集まって、「デジタルワークショップ開発者組合」という集団を立ち上げました。そのはじめてのイベントです。

デジタルはらっぱ
「デジタルのはらっぱであそぼう!」
http://www.3331.jp/go2/000413.html
http://www.d-hara.org/event/

会場は、千代田区の旧錬成中学校を改修してオープンしたアートセンター「アーツ千代田3331」です。3331のグランドオープン記念展 『3331 Presents TOKYO: Part2』のなかの『こどもとあそび』展で、わたしたちの活動を紹介する展示と、こども向けワークショップと大人向けイベント「フラットーク」を開催します。

みなさんと一緒に、デジタルの遊びについて語り合いませんか。夏休みまっさかりの時期ではありますが、どうぞお越しください。お子さん連れの方は、ぜひ事前予約のワークショップにもお申し込みください。

デジタルワークショップ開発者組合「デジタルのはらっぱであそぼう」

デジタル技術で子どもたちの創造性を引き出すことは、新しいチャレンジです。強い刺激で興味を惹くのではなく、子どもたちの「創る」を真に支援し伸ばしたい、そんなグループが集まり展示とワークショップを開催!

●フラットーク「デジタルの遊びを語ろう」
2010年8月11日(水) 16:30〜18:30
デジタル空間は子どもたちにとって、はらっぱとおなじように自由に遊んだり学んだりできる場です。そんな思いで長年活動してきた4つのデジタルワークショップのメンバーと一緒にデジタルの遊びや学びについて、フラットに語りましょう。

デジタルの遊びをフラットにインタラクティブに語ります。チャートイットをつかってみんなの意見を共有して、みえてくるのは未来のデジタルの遊びです。

コンダクター:安永哲郎さん(コクヨ「ヒラメキット」の開発者のひとり)・宮原美佳(ムービーカード)
カフェプロデュース:大西景子さん(BOX & NEEDLE・おもてなしのプロ) 
カフェ店長:釆見達也さん(早稲田大学学生)

対象・定員:大人40名
申込み:事前予約(申込み多数の場合は抽選とさせていただき、結果をメールでお知らせいたします。)
申込締切: 8月4日
参加費:1,000円(飲み物と小菓子つき)

●ワークショップ

「ムービーカード」 by 宮原美佳+杉本達應
紙のカードでアニメーションの編集。自分だけの新しい物語が動きだします。
日時:8月10日(火)13:00〜15:00
対象・定員:小学生16人
参加費:500円
申込み:事前予約(先着順)

「ピッケのつくるえほん」 by 朝倉民枝
画面上でおはなしづくり。プリントして絵本に製本。物語をつくり、伝えましょう。
対象・定員:
8月10日(火)16:00〜18:00 :幼児親子 8組
8月11日(水)13:00〜15:00 :小学生  10人
参加費: 500円
申込み:事前予約(先着順)

「ビスケット」 by 原田康徳+山口尚子
みんなにプログラミングの楽しさを伝えます。コンピュータを粘土にしよう。
日時:8月12日(木)13:00〜18:30
参加費: 500円(ビスケットとアニマカートの両方できます)
申込み: 当日受付

「アニマカート」 by トリガーデバイス+布山タルト
手押し車型の撮影装置をつかって、みんなの描いた絵がすぐアニメーションになります。

日時:8月12日(木)13:00〜18:30
参加費: 500円(ビスケットとアニマカートの両方できます)
申込み:当日受付

会場:3331 Arts Chiyoda/アーツ千代田3331(東京都千代田区)
詳細と事前予約はコチラから>>http://www.d-hara.org/event/

デジタルワークショップ開発者組合について

さて、この告知文だけでは、デジタルワークショップ開発者組合がどんなグループなのかはっきりしませんよね。ここでは、このグループの現状を書き記しておきます。

デジタルワークショップ開発者組合は、ただの任意団体です。スポンサーもついていない、純粋に有志のメンバーが寄り集まった集団です。メンバーは、これまでシステムをつくりながらワークショップをおこなってきたグループたちで、ふだん別々に活動しています。住んでいる地域は、関東だけでなく、岐阜、神戸、広島と全国に散らばっています。メンバー全員が顔をつき合わせて打ち合わせをしたことは、いまだゼロ!という、組織としてはまだまだ未熟な状態です。

現在、たくさんの「ワークショップ」と題されたイベントが開催されています。そのなかで、コンピュータを使う「デジタル系」のワークショップも百花繚乱です。ただ一口に「デジタル系」といっても、既存のサービスや市販のソフトウェアを使っておこなうものや、特定のサービスやシステムを普及させようとしているものなど様々なタイプがあります。わたしたちの活動に共通する特色は、自分たちでシステムを開発しながらワークショップ全体を設計していることにあります。こうしたタイプのワークショップは、まだ多くはありませんし、まとめて紹介される機会もありませんでした。このグループは、いわば「自前」系デジタルワークショップの人びとをつなぐような組織として立ち上がったものです。もちろん、メンバーのワークショップの目的や意図はそれぞれ異なりますし、グループに参画した動機も、やりたい活動もさまざまだと思います。

実は、立ち上げメンバーはみな、「未踏ソフトウェア創造事業」というソフトウェア開発の支援事業で縁のある人たちです。しかし、決して仲間内で集まろうとしたわけではありません。立ち止まっているよりも、とりあえず立ち上げて動いてみようという段階です。わたしたちのほかにも、「自前の」システムをつくりながらワークショップをやっている人はきっといるはずで、そういった方々との交流をもっとひろげていきたいと考えています。「ワークショップ」、「こども」、「デジタル」、「教育」といったキーワードに興味のある方、ぜひ一緒に活動してみませんか。実践されている方だけでなく、研究者の方、企業の方なども含めて、共同で研究会などもやりたいですね。

というわけで、よちよち歩きのグループが、これからどうなるか全く分かりませんが、これからの活動にも注目していただけると幸いです。どうぞよろしくお願いします。

常識外れの人びと

広島市現代美術館の特別展「HEAVEN 都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン」に、会期最後の週末にすべりこみました。実は広島県に引っ越してきて、はじめての広島訪問です。広島に来たのは、なんと中学生の修学旅行以来です。

広島市現代美術館は、比治山下電停から坂道をのぼった比治山公園の中にありました。以前から、この美術館のシンボルマークが何をあらわしているのか分からなかったのですが、電停を降りた瞬間に理解できました! これには比治山のなかにある美術館へたどる坂道が描かれていたのですね。

会場は写真撮影可能でした。わたしは写真を撮らなかったので残念ながらここは写真なしですが、展示室の様子を知りたい方は、ぜひ検索してみてください。写真つきのブログがたくさんみつかりますよ。

都築響一は、「珍日本紀行」や「賃貸宇宙」、「ラブホテル」など、これまで正面きって取り上げられることのなかったスポットや「常識外れの人びと」を追いかけている写真家、編集者です。会場入口の壁一面に、次のメッセージが大きくはりだされていました。

僕はジャーナリストだ。アーティストじゃない。

ジャーナリストの仕事とは、最前線にいつづけることだ。そして戦争の最前線が大統領執務室ではなく泥にまみれた大地にあるように、アートの最前線は美術館や美術大学ではなく、天才とクズと、真実とハッタリがからみあうストリートにある。

ほんとうに新しいなにかに出会ったとき、人はすぐさまそれを美しいとか、優れているとか評価できはしない。最高なのか最低なのか判断できないけれど、こころの内側を逆撫でされたような、いても立ってもいられない気持ちにさせられる、なにか。評論家が司令部で戦況を読み解く人間だとしたら、ジャーナリストは泥まみれになりながら、そんな「わけがわからないけど気になってしょうがないもの」に突っ込んでいく一兵卒なのだろう。戦場で兵士が命を落とすように、そこでは勘違いしたジャーナリストが仕事生命を危険にさらす。でも解釈を許さない生のリアリティは、最前線にしかありえない。そして日本の最前線=ストリートはつねに発情しているのだし、発情する日本のストリートは「わけがわからないけど気になってしょうがないもの」だらけだ。

この展覧会の主役は彼ら、名もないストリートの作り手たちだ。文化的なメディアからはいっさい黙殺されつづけてきた、路傍の天才たちだ。自分たちはアートを作ってるなんて、まったく思ってない彼らのクリエイティヴィティの純度が、いまや美術館を飾るアーティストの「作品」よりもはるかに、僕らの眼とこころに突き刺さってくるのは、どういうことなのだろう。アートじゃないはずのものが、はるかにアーティスティックに見えてしまうのは、なぜなんだろう。

僕の写真、僕の本はそんな彼らを記録し、後の世に伝える道具に過ぎない。これからお目にかける写真がどう撮られたかではなく、なにが写っているかを見ていただけたら幸いである。

これは発情する最前線からの緊急報なのだから。

展覧会解説ブログ・サイトより
http://hiroshimaheaven.blogspot.com/

会場は、これまでの都築響一の仕事のシリーズが展示してあります。その意味では都築響一の著作からの抜粋でしかないともいえますが、美術館の空間をいかした展示には雑誌や本のページとは違った味わいがありました。また、本展覧会独自の内容もありました。独自展示のひとつは、広島の人はみんな知っている(らしい!?)地元の有名ホームレース「広島太郎」を取材したものです。そのほかにも、見世物小屋絵看板の実物展示や、カラオケスナックのブース、秘宝館を再現したものもありました。秘宝館だけは、18歳未満お断り。展示室にヌード写真があふれているのに、このゾーンだけ年齢制限を設けているのは、秘宝館への敬意のあらわれでしょうか。秘宝館のなかでは、女性の観客が写真を撮りまくっていたのが印象的でした。

それにしても広島市現代美術館は、特別展「一人快芸術」といい、芸術という枠をこえた企画で異彩を放っている美術館です。

ところで、「常識外れ」といえば、常識を疑う思考を持とうと謳っている本『20歳のときに知っておきたかったこと』が売れています。この本は、読者に常識を疑うことを奨励し米国流の起業家精神を鼓舞する点において、「シリコンバレー流」であり、人生訓をちりばめながら成功の秘訣を説く点においては、巷に溢れている自己啓発本の類と大差ありません。すなわち「シリコンバレー流の自己啓発本」ですから、生活している社会も文化も違う私たちはある程度の距離を持って批判的に読んだほうがいいでしょう。

この本が謳う「常識外れ」は、都築響一が見出した「常識外れ」とは全く異なります。本書の「常識外れ」は、あくまでもビジネス的な成功、つまり金儲けと社会的名声の獲得を目的としているからです。たとえば、こんなエピソードが得々と披露されています。著者は会議のため滞在した北京で、万里の長城で日の出を見るという現地旅行を会議参加者と約束したものの実現が難しく途方に暮れます。ところが偶然出会った中国人学生に大学入試の推薦状を書いてあげることで、引き換えに現地旅行の手配をしてもらったというのです(172-3ページ)。このように、自分の名声のためには、手段を選ばない「なんでもあり」の職権濫用さえ許されてしまうことには、思わずつっこみたくなります。

著者は、多くの有名起業家たちのエピソードから、人生訓を引き出していますが、残念ながらどれも彼らの人生を表面的になぞっているだけで、心に響いてはきませんでした。なぜ今こんな本が日本で売れているのでしょうか。みんな、本書でたびたび引用されているスピーチの主であるスティーブ・ジョブズのような米国流成功者になりたいのかもしれませんね。確かにジョブズは、「常識外れ」でした。本書では触れられていませんが、彼は電話のただがけ装置「ブルーボックス」を売り歩いていたほどクレイジーでした。人間にはいろいろな面があります。しかし本書では、人生の失敗経験さえも成功への道の一つとして語られます。米国の成功者は、どんなエピソードさえも、最終的に自身の成功物語に組み込んでしまうしたたかさを身につけなければならないようです。

一方、都築響一は、商業ライターのトップランナーとはいえません。彼は、雑誌が描きつづける虚構にうんざりしたことを告白しています。雑誌が伝えるような、北欧家具に憧れ、高級外資系ホテルに泊まるようなライフスタイルを、誰もが一様にえらんでいるわけではありません。日常に溢れる生活レベルの文化をすっかり無視して、消費を生み出そうとする虚構だけを繰りだしているメディアの片棒を、彼は担ぎたくなかったのでしょう。それよりも、日本人の日常生活に充満している文化を、カラオケスナックやラブホテルの姿などを通じて伝えていくことに転向したのです。

私たち読者や観客は、都築響一が伝える「常識外れの人びと」を、ひとつの「見世物」として楽しんでいます。常人では達成しえない技への驚きやとまどい、おそれを楽しむという態度は、制度確立以前のアートへ回帰しているようでもあります。「常識外れの人びと」の多くは、有名起業家と違って、生産的ではないし社会的な成功とは無縁です。しかし都築響一は、彼らを奇人変人として軽蔑したり、ネタとして消費しようとするのではなく、私たちと生活文化を共有しているひとつながりの人間として、やさしさに満ちた眼差しを注いでいます。都築響一の視線にうながされて、私たちも「常識外れの人びと」に不思議な共感や親しみを感じてしまいます。ところで、ここで紹介した本を書いたスタンフォードの先生は、都築響一が伝える「常識外れの人びと」を見て、賞賛するでしょうか。おそらく、一瞥するなり、こう叫ぶのではないでしょうか。「クレイジーだ!(成功してないじゃん!)」。

私なら、20歳の人にこうおすすめします。「常識外れ」は大賛成。でも雑誌や自己啓発本に描かれる「常識外れ」は、ある「型」にはまっているおそれがあります。だからどうか、その内容を鵜呑みにしないでほしい。……ちょと天の邪鬼すぎるかしら。

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