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展覧会と音
先日、文化庁メディア芸術祭に行きました。
第13回文化庁メディア芸術祭
2010年2月3日−14日
国立新美術館
http://plaza.bunka.go.jp/festival/
今年の会場構成は、わかりやすくなったとTwitterでは好評だったようですね。でも私は、例年以上にカオスな雰囲気があった気がします(あまり昨年までのことも覚えていないので適当な印象です)。そう感じた最大の原因は、「音」です。いろいろな作品の音がいくつも重なって耳に入って、頭が痛くなってしまい、会場を早々と退散してしまいました。じっくり観ることができなかったため、良い作品があっても、出会うことができなかったと思うと残念でした。
エンターテインメント部門大賞の「日々の音色」はYouTubeで観て感激しましたが、大きなスクリーン上映では、作品のおもしろさが半減していました。この作品の最も重要な点は、Webカメラの低解像度の質感やビデオチャットの雰囲気を、そのまま私たちが日々使っているWebブラウザで伝えていることです。つまり「日々の音色」は、インターネットのソーシャルメディアならではの「メディア性」を、制作と発表の双方において、うまくいかしているのです。だからからこそ、オンラインの動画共有サイトで発表されたことに意味があります。
同じように、テレビコマーシャルをスクリーンで上映されたり、Webサイトを会場にしつらえたPCで見せられても、しらけてしまいます。作品と、その発表の文脈は密接に関連しているため、作品を美術館に「移設」した時点で、作品の魅力の何割かは失われてしまいます。そこで、「メディア芸術」を美術館で展示するには、オリジナルとは別の見せ方の工夫が求められるのではないでしょうか。アニメーション部門は、キャラクター設定図や絵コンテなどの展示が慣例化しているようです。他の部門でも、単に完成品を展示するだけでなく、創作過程がわかる素材の展示があるといいですよね。たとえば「日々の音色」の制作ドキュメントが展示されていたら、ネットではなく美術館まで足を運ぶ意味がでてきます。
さて、展覧会と音の関係を感じさせてくれた展覧会として、 国立近代美術館のウィリアム・ケントリッジ展を紹介します。
ウィリアム・ケントリッジ 歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……
2010年1月2日(土)~2月14日(日)
東京国立近代美術館
http://www.momat.go.jp/Honkan/william_kentridge/
ウィリアム・ケントリッジは、南アフリカ在住の美術家で、ドローイングを描き直してコマ撮りする独特なアニメーションをつくっています。この展覧会では、ドローイングを展示する明るい部屋と、映像を上映する暗い部屋が交互にあらわれる展示構成になっていました。
連作《プロジェクションのための9つのドローイング》の上映は、5作品がひとつの部屋で上映されていました。観客は、手渡されたワイヤレスヘッドホンの受信チャンネルを切り替えながら観賞することができました。実は、ここで私は、チャンネル番号が暗くて確認できず、ほかの作品の音とともに、ある作品を観てしまいました。面白いことに、それでも違和感なく作品を観ることができてしまいました。後で気がついて、あらためて「正しい音」で観ましたが、「正しい音」はビジュアルと直接的に関わりすぎていて退屈だなあと、ひねくれた感じ方をしてしまいました。
ワイヤレスヘッドホンを使った観賞は、隣り合う作品の音の干渉をさけるスマートな解決方法です。一方、そのほかの作品上映はスピーカーを使っていました。スピーカーを使った上映作品の音は、周囲の明るい展示室にも響いていました。しかし、その音は不快な感じはせず、次にどんな作品が待っているのかと想像をふくらませるのにちょうど良い予告編の役割をはたしていました。全体的にみて、ウィリアム・ケントリッジ展は、限られた展示空間のなかで、展示と音をうまく組み合わせた展示構成でした。
ウィリアム・ケントリッジ展は、2009年秋に展示された京都国立近代美術館ですでに話題になっていました。そして、2010年の春には、広島市現代美術館に巡回します。 京都の展示は見ることができなかったのですが、次の巡回展で、どのように展示されるのか見てみたいものです。
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クロアチアのデバイスアート
- 2009-11-07 (土)
- Events
2009年10月、クロアチアの首都ザグレブで開催されたデバイスアート展「device_art 3.009」に参加しました。
クロアチアで日本のメディアアートに焦点をあてた展覧会が開催。明和電機ライブや、メディア芸術祭上映会も。(10/20-27)
http://media-arts.cocolog-nifty.com/map2009/2009/10/1020-27-b638.html
device_art 3.009
http://www.kontejner.org/device-art-3009-english
さいきんは展覧会やイベントの内容よりも、その運営がどのように行われているのかに関心を持っています。
このイベントには、日本人作家が多数招待されていたので、きっと大きな公的組織の事業かとおもっていました。ところが実際には、この展覧会は、KONTEJNER(コンテナー)というインディペンデント組織が主催したものでした。KONTEJNERでは、若い女性のキュレーターが中心にエネルギッシュに活動しています。 彼女たちは、自分たちの足で作品をリサーチして、 目星をつけた日本のアーティストに連絡し、企画し、スポンサーをあつめて実行しています。 想像するだけでも大変なことなのですが、彼女たちは、ちゃんと実現しているんですよね。この実行力にはほんとうに感心してしまいました。 この様子を見ていると、「あなたにも、やれないことはないんだよ」という言葉を、私たちにつきつけられている感じがしました。
デバイスアートは、KONTEJNERが3年おきに開催しているイベントです。日本でも「デバイスアート」という名前で活動している研究グループが存在しますが、クロアチアでの文脈とはかなり違うようです。今回、日本の作品が特集されたのは、両者の違いを焦点にしたかったのでしょう。たしかに、展覧会で見たクロアチア人作家の作品は、日本のものとはずいぶん趣きがちがいました。このあたりの話は、私たちが帰国した後におこなわれたトークイベントで行われたのだと思います。ぜひキュレーターや作家の方とお話したかったのですが、時間がありませんでした。
ザグレブでの滞在中は、いろいろな意味でホスピタリティにあふれていました。スタッフの身の丈でできることを、きちんとやるという姿勢にとても感心しました。渡航前は、事前の情報がすくなくてちょっと不安だったのですが、滞在中は毎日のようにボランティアの方々がアテンドしてくれたのには感激しました。会場の設営をおこなうテクニシャンたちも、てきぱきと仕事をこなしてくれて助かりました。日本とのコーディネーターをつとめていただいたアーティストの森田智嗣さんにはお世話になりました。また、カタログに解説を寄せていただいたIAMAS名誉学長の坂根厳夫先生にも感謝します。
さて、ザグレブには、たくさんのミュージアムがありました。小さな街なので、気軽に訪ねることができます。いくつかのミュージアムを紹介します。
近代美術館(Modern Museum)では、クロアチアの作家の近現代美術作品を見ることができました。教科書で見るようなヨーロッパ絵画とはちがう、今までみたことのないタイプの作品が多くて興味深かったです。
技術博物館は、乗り物や農機具、電気、宇宙など、さまざまな技術の展示が並んでいました。小学生のグループがたくさん見学に来ていました。みんなデジカメやケータイで写真を撮っています。ひとりでぶらぶら見ていると、博物館のスタッフに声をかけられました。地下に炭坑があって、ちょうど炭坑展示に向かっていた小学生のグループについていけば一緒に見に行けるよ、ということでした。すかさず集団のなかに入りこんで、リアルに再現された地下の炭坑展示を見て回ることができました。小学生たちには、不審な外国人がいるという目でジロジロ見られましたけど。ここは、炭坑やプラネタリウムなど、個人では見られない展示があるので、どうしても見たいものがあれば問い合わせるほうがいいかもしれません。
点字博物館というユニークなミュージアムもあります。 とてもよかったという評判を聞いて、私も行こうと思ったのですが、住所をひかえずに行こうとして迷ってしまいました。たどりついたときには、帰国日の待ち合わせ時刻がせまっていて、残念ながら中を見ることができませんでした。
あとで気がついたのですが、ミュージアムの入口に「来館者ノート」が設置されていたところが多かったんですよね。みんな、たわいもないことを書いているんですが、このような素朴なツールが大きなミュージアムに設置されているところが、クロアチアらしいなと感じました。
はじめて行ったクロアチアですが、人びとが親切で、料理もおいしく、ぜひまた行きたい場所になりました。
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新聞をつくってみる
- 2009-08-07 (金)
- Events
2009年前期、名古屋学芸大学の映像メディア学科の授業「メディア・リテラシー演習」を担当しました。100名を超える学生たちに、どんな授業をデザインすればいいのか、毎回模索しながら進めた実験的な授業でした。
この授業では、各グループに毎回の授業内容を伝える一面新聞をつくってもらいました。授業全体で、12グループの7回分になり、実に84面もの多彩な紙面がうまれました。読みごたえ、見ごたえ十分なものばかりです。その成果はこちらです。一覧すると、その情報量に圧倒されます。
毎回、とてもタイトなスケジュールで、この課題をこなすだけでも大変だったとおもいます。ところが、実際にはもっとたくさんの課題に取り組んでもらいました。「課題が多すぎる」といった苦情や批判も、この紙面にはたくさん載りましたね。受講生のみなさんは、本当におつかれさまでした。
最終回の新聞は、残念ながら受講生に配布する機会がありませんでしたが、授業全体の感想が多数掲載されていました。そのなかで、この新聞課題自体についての感想が書かれている部分を紹介します。
多くの学生が悩んだのが「新聞制作」の課題。今日の授業内容や、授業解説することが主で、毎回課せられていた。最初のときは、みんな正統派。どの新聞もしっかりと文を埋め、内容の濃さを重視していた。だんだんと正統派の新聞に飽きてきた中盤に「新聞じゃなくてもいい」と指示を受けた。課題作品は大きく変わった。週刊誌のように写真を大きく載せ、いままで小さかった文字は大きく載っている。先生の写真を使ったり、漫画にしたり、人の目線を注目させた。正統派の新聞は影を薄くしていった。学生による投票は質よりも、インパクト重視となり、制作者もそれに伴ってレイアウトに力を入れた。この光景、私は何処かで見たことがある。それは「今のメディア」にそっくりなことだ。人々の注目を集めるために過激な言葉を使ったり、先生の批判をしたり、すべて今のメディアに似ている。「これでは私たちの新聞制作は、こうなりたくないと思っている今のメディアがしていることと同じ。」そのことに気づき、私たちは初心にかえった。情報を伝えることが仕事の新聞に、華美なものはいらない。情報は常にシンプルでいなくていけない。大事なことに気づかされた瞬間、私は「先生にやられたなぁ」と苦笑いをした。
成績評価は、出席点と、全員による最終課題の相互評価点を合算したものにしました。相互評価点だけで、かなり妥当な点数が出てきましたので、とくに得点調整は行っていません。個人個人の評価を見ると、さまざまな意見がでて評価がわかれていましたが、平均すると納得できる結果が返ってくるのは不思議でした。
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ケータイで授業
- 2009-07-23 (木)
- Events
先日、早稲田大学に行き、宮原美佳さんの授業2コマにお邪魔しました。
午前の授業では、広告業界で活躍されていらっしゃる鷲尾和彦さんをゲストに招いて、学生が設定した「広告は真実を伝えるのか」という重たいテーマでの講演とディスカッションが行なわれました。私は、この授業にむけて、ケータイからのコメントメールをリアルタイムに集計するシステムをつくりました。講演の最中から、学生さんのコメントが次々に画面にあらわれます。教室は、質問が出にくかったり一部の人だけが発言して終わることがあります。この時は、いろいろな学生さんから送られてきた意見・反論などを、その場で参加者全員で一覧し共有できたことで、独特のライブ感がでていたように思いました。
声なくても質問(MIYABARA Mika)
http://www.miyabaramika.com/archives/23
鳴かぬなら…みんなで鳴こう!(Movie Cards / ムービーカード)
http://www.moviecards.org/2009/07/23/鳴かぬなら…みんなで鳴こう!/
午後の授業では、「未来のケータイ」をテーマに学生さんが考えたアイデアを、他のゲストの方々と見ました。携帯電話業界のNさんは現実的なコメント、アーティストのAさんからはラディカル(根源的)なコメントが寄せられました。彼らの評価の軸は違えども、興味を持つポイントは同じだったりして、とても面白かったです。私は、数週間前にも一度コメントさせてもらっていたのですが、前回よりもプレゼンテーションシートはずっと良くなっていました。とはいっても、デザインは美大の人や専門家にはかないません。ただ、コンペに応募するということなので、ぜひともアイデアで勝負して勝ち残ってほしいですね。
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デジタルなデザインの「骨」とは?
21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「骨」展をみました。「骨」といえば生物のそれを思い浮かべますが、この展覧会では、工業製品のデザインの「骨」とは何かということを追求しています。
21_21 DESIGN SIGHT
http://www.2121designsight.jp/
腕時計の部品が、すべて並んでいた展示は圧巻でした。当たり前ですが、これほど多くの小さな部品たちが組み合わさって時計ができているんですね。こどものころ、時計を分解して、元にもどせず壊してしまったことを思いだしました。人はなぜ、機械を見ると分解したくなるのでしょうか。精巧で美しい機械を前にすると、表面的な美しさではなく、動作の原理・メカニズムをとらえたい知的好奇心をゆさぶるからだと思います。
からくり人形『弓曵き小早舟』では、通常見ることのできないからくり人形の骨格がむきだしになって展示されていました。この人形、矢をつかんで弓をひいて的を射る、という一連の動作をするそうです。実際に、うごいているところをみたかったです。
ところで機械が複雑化した今日、私たちは、いまや時計を分解する勇気をもてなくなってしまいました。複雑にモジュール化した機械は、その構造を探求することじたいが難しくなってしまったからです。アナログの時計なら分解できたかもしれませんが、デジタル時計のICチップや基盤を見ても動作原理を理解することができません。
会場では、デジタル系の作品を出展していた3人──中村勇吾、緒方壽人、五十嵐健夫によるクリエイターズトークを聞きました。トークでは、出展作品のアイデアから、最終的な出展作品の形態に落ち着くまでのプロセスを聞くことができ、とても興味深かったです。
デジタル系の作品はどれも面白かったのですが、ちょっと物足りなかったのは、他の作品よりも「骨」が見えづらかったことです。これらデジタル系作品の「骨」は何でしょうか。プログラムのソースコードやアルゴリズム、データ構造かもしれません。私は、制作者の頭のなかにある、作品を完成にみちびくための、論理的な概念図のようなものが「骨」にあたるのではないかと思います。せっかくの「骨」展なので、この「骨」をなんとか可視化して展示してほしかったと思います。
会場のショップで、遊び心と探求心で彩られた素敵な素敵な本を見つけました。電車や飛行機、オペラ劇場など、いろいろなものを輪切りにしたイラストで図解した絵本です。やっぱり物事は表面だけでなく「骨」を見つけられると、わくわくしますね。
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