石田英敬・東浩紀,2019,『新記号論 脳とメディアが出会うとき』ゲンロン.


本書は、ゲンロンカフェでの3回の連続講義を文字に起こし、石田の補論をつけたもの。石田英敬の講義に東浩紀が合いの手をいれる。二人はたがいに敬意をもっていて、流れはスムーズ。基本的に予定されていた講義なので、緊迫した対立や脱線はない。ほめ合うやりとりが多いのには、やや戸惑った。構成は斉藤哲哉。装幀は水戸部功。本文デザインは加藤賢策(LABORATORIES)。

思想家の名前が数多く登場する。表紙にあがっている名前だけでも、フッサール、ドゥアンヌ、ライプニッツ、フロイト、スピノザ、ダマシオ、パース、デリダ、タルド、ドゥルーズ=ガタリなどなど。これらの思想をすべて読破するのはむずかしい。一般的な読者としては、講義を通して彼らの思想を遠くから眺めるしかない。

石田が繰り返しのべている主張を乱暴にまとめると、次のようになる。廃れてしまった記号論は、20世紀前半までのアナログメディアを対象としていて20世紀後半のデジタルメディアをつかみきれていない。現在の人文科学者は、現在のメディアの状況や科学の知見を取り込み、人文知をアップデートすべきである。石田は、「グラマトロジー(文字学)を現代的な問題にこたえられるように一般化する」という。

第1回目に登場する、視覚認知科学者マーク・チャンギージーの発見は面白かった。文字の基本要素と自然のなかで事物を見分けるパターンは類似していて、登場頻度も一致するという。へえと関心したが、動物の認知コストを節約する観点で考えれば、そうなるのがいちばんの近道なので当然のような気もする。

かつての思想家は、いまでいう文理を越境していたのに、いつのまにか別れてしまった。学生運動や社会運動にすこし言及している部分など、もっと聞いてみたいところはあったが、トピックが広範囲にちらばっていて、わたしにはつかみきれなかった。石田の単著でまとまってよめるのかもしれない。

「はじめに」で東は、現在の文系は旗色が悪くバカにされていると嘆く。文系の学者がプレゼンを軽視しているからバカに見えるのだと。東はゲンロンカフェでそうしたイメージを払拭しようとしている。この講義で刺激を受け人文学に入りこむ人が増えるかどうかはわからないけれど、ゲンロンカフェのような試みはとても興味深い。この講義には70名もの受講者が集まったとか。本書も重版するほど売れているようだ。

一方で、わたしにはこの講義の水準はむずかしかった。東京以外の都市で、はたしてこのような催事が成立するだろうか。さいきん、科学コミュニケーション、科学コミュニケーターの活動をよく耳にする。これらが対象としているのは自然科学であり、人文科学は入っていない。しかし、人文科学のコミュニケーションも潜在的に求められているのではないか。海外のサイエンスライターが、文理を横断した魅力的な本を書いて、ベストセラーになっているのがなによりの証拠だ。

思想をかみくだき、現実に即して解説してくれ、議論にいざなってくれる。そんな職能をもつプロフェッショナルは人文学の研究者がになうべきか、あるいは専門のコミュニケーターにまかせるべきなのか。そんなことを考えた。

(1269文字・43分)

講義の映像はvimeoでレンタルまたは購入できる。

チャンギージーの論文はここで読める。

https://www.changizi.com/uploads/8/3/4/4/83445868/junction.pdf

チャンギージーの邦訳本は品切れのよう。

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