職人の一人息子


とある研修で、池田賢市さんの講演をきいた。

数百人の聴衆が集まる大きな催しだった。しかし、私を含め聴衆のほとんどは研修目的で、非自発的に来ている。そんな冷めた場で講演がはじまった。

概念的な内容が中心の前半に対し、後半はずいぶんとプライベートな話だった。それも幼少期から青年期までの、さまざまなエピソードで構成され、ディテールがしっかりしている。

池田さんは、革靴職人の父の一人息子。

自宅の工場で早朝から深夜まで働き、父が寝ている姿を見たことがない。
夜はテレビのプロレス中継をみて午後8時48分に仕事場に戻る。試合がのびると、父に結果を伝えにいった。
靴一足仕上げて300円。
なかなか下水道が整備されない地区だった。
ドブの上に住んでいる同級生がいた。
家族の代筆をしていた。
鬼退治の昔話をみて、「鬼を退治するなんて。何か悪いことしたのか」と父が言った。
父は、ひと月の収入を茶の間のコタツの上に広げてみせた。父に「わぁすごい」と言った。
親に彫刻刀を買ってと言えなかった。片時も持参物のことを忘れてはいなかったが、学校では「忘れ物」が多いとカウントされた。
チラシの裏に英語の宿題を書いて提出した。先生は、「これでいいのだ」と(褒めるのではなく)認めてくれた。
母のダスキンの集金を手伝っていた。こどもが行けば払ってくれるから。
大学受験の情報がなく、社会学科を受けるために社会学の本を読みあさった。
などなど。

先生の一言で救われたり反感を覚えたり。
親子の互いのささいな一言の思い出が、家族を保ってきたことがよくわかる。

自営業者の子として、胸に迫るものがあった。

どのような境遇のこどもでも、望めば大学進学できる社会でありますように。