震災の口調


2016年4月14日21時26分に、「平成28年熊本地震」が発生した。
被災地のみなさんには心からお見舞い申し上げます。

その日はあることがあり疲れ果て、佐賀市内の自宅で布団の上でウトウトしていた。iPhoneの緊急地震速報で覚醒し、予告通りわりと大きく揺れた。さいわい家具が倒れたりすることはなかった。

九州で震度7というのが信じられず、何の根拠もなく誤報ではないかと考えた。典型的な正常化バイアスだ。

この夜はいくつもの余震が発生し、緊急地震速報も鳴って落ち着かず、テレビかラジオをずっとつけていた。新年度一人暮らしをはじめたばかりの学生にとっては、突然のことでさぞ心細かっただろう。

NHK総合がネットで同時配信しているというリンクがSNSが拡散されていたので、iPhoneで視聴をはじめた。NHKでは、はじめは電話取材、しばらくすると益城町からの生中継へと切り替わる。現場に駆けつけたカメラマンがリポーターとして状況を説明したり、非難した住民にインタビューする。またしばらくすると、今度は上空のヘリコプターからカメラマンのレポートがはじまった。

NHKは災害報道を毎日訓練しているそうだが、カメラマンや現地リポーターの話しぶりはあまり流暢ではなかった。突然の地震と取材に、彼・彼女自身が興奮しているのだろう。ちょっとした高揚感も伝わってくる。その口調から、わたしたち視聴者は地震の甚大さや被災地の臨場感を感じることができる。ただ、ちょっと興奮しすぎではないだろうか。

興奮した口調の言葉を聞きつづけていると、不安をあおられ、気分がざわついてくる。彼らは被害の大きいところばかりをクローズアップして執拗に繰り返す。いまは夜だ。被害の全容は見渡しても分かるはずがない。深夜に生中継することにどれほどの意味があるのだろう。各社のヘリコプターが低空飛行していたら、地上の騒音は相当なものだ。その騒音は捜索作業などの邪魔にはならないのだろうか。避難されている方々にすこしでも静かな環境で過ごしてほしいのに。

新たな情報はない。繰り返されるのは、政治のトップの言葉と、重大な被害の現場の「画になる」映像だけ。

「火事です。」
「全壊です。」
「脱線です。」
「石垣崩落です。」

非常事態の「画」に目が釘付けにさせられる。不安にかられ、目や耳は興奮してしまう。刺激を受けつづけると、より強い刺激を欲するようになる。終わりのない欲望をかきたてられ、地震の恐怖は癒えないまま、神経がすり減ってしまう。

日本はこれまで幾度も震災を経験しているというのに、今回の報道の姿勢にはこれまでの教訓がいかされているとは思えなかった。どちらかといえばSNSのほうが、まだ冷静な情報が多かったように感じた。

スタジオのアナウンサーは、こう繰り返していた。

「落ち着いて行動してください。」

その言葉は正しい。だれど、教科書的で上から目線。なんだか冷たかった。

翌日のテレビやラジオも同じ調子でうんざりしてきた。NHKラジオを止め、エフエム・クマモトに切り替えた。軽快なBGMを背景に、女性のパーソナリティが各地の給水スポットをゆっくりと読み上げていた。彼女はおそらく、あえて「いつもの調子」でしゃべっている。彼女は災害報道の訓練はしていないかもしれないが、トークのプロとして今求められている話し方をじゅうぶんに心得ているのだ。さりげなく個人的なエピソードを紹介しながら、隣人を心配するような口調でこう言った。

「落ち着いて行動してください。」

NHKのアナウンサーと同じ言葉。だけど、とても温かかった。

地震でざわついた心がすこし軽くなった。言葉の力を感じた。ラジオの良さを再確認できた。

最後に、NHKの刺激的な表現に振り回されてしまったわたしから、ひとこと言わせてほしい。

「落ち着いて報道してください。」