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電子楽器の寿命

先日、ある作曲家の方とお話しました。音の世界はまったく縁遠いのですが、いろいろと刺激をいただきました。

電子楽器を認めるかという話題になって、その方は、「芸大に、その楽器を専攻する学科がなければ、楽器が存在しているとはいえない」と答えました。最初は、なんて権威的な答だろうと、少しがっかりしたのですが、そうでもないことがわかりました。

お話によれば、フランスはこのあたりのことを戦略的にやっていて、電子楽器の開発からその演奏家の育成までを公的な芸術教育機関で行なっているそうなのです。20世紀後半から、電子的な新しい楽器が大量に生まれていますが、演奏家がいなければ、楽器そのものが途絶えてしまいます。フランスでは、その楽器の持続を目論んでいるわけですね。次の世紀に、ひとつでもフランス初の楽器が残れば万万歳というわけです。

なるほど、この視点はありませんでした。楽器の寿命というのは、たしかに演奏家がいるかどうかにかかっています。それを公的にサポートするという文化政策の可能性もあるのですね。電子楽器はいろいろな音を出すことができますから、音の面では新味がないかもしれません。ですが、インターフェイスについては、まだ発展の余地があるのではないでしょうか。

私を含め、楽器を弾けるようになりたい人はたくさんいるはずです。近い将来、簡単に弾ける楽器が登場することを願っています。

デジタルなデザインの「骨」とは?

21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「骨」展をみました。「骨」といえば生物のそれを思い浮かべますが、この展覧会では、工業製品のデザインの「骨」とは何かということを追求しています。

21_21 DESIGN SIGHT
http://www.2121designsight.jp/

腕時計の部品が、すべて並んでいた展示は圧巻でした。当たり前ですが、これほど多くの小さな部品たちが組み合わさって時計ができているんですね。こどものころ、時計を分解して、元にもどせず壊してしまったことを思いだしました。人はなぜ、機械を見ると分解したくなるのでしょうか。精巧で美しい機械を前にすると、表面的な美しさではなく、動作の原理・メカニズムをとらえたい知的好奇心をゆさぶるからだと思います。

からくり人形『弓曵き小早舟』では、通常見ることのできないからくり人形の骨格がむきだしになって展示されていました。この人形、矢をつかんで弓をひいて的を射る、という一連の動作をするそうです。実際に、うごいているところをみたかったです。

ところで機械が複雑化した今日、私たちは、いまや時計を分解する勇気をもてなくなってしまいました。複雑にモジュール化した機械は、その構造を探求することじたいが難しくなってしまったからです。アナログの時計なら分解できたかもしれませんが、デジタル時計のICチップや基盤を見ても動作原理を理解することができません。

会場では、デジタル系の作品を出展していた3人──中村勇吾、緒方壽人、五十嵐健夫によるクリエイターズトークを聞きました。トークでは、出展作品のアイデアから、最終的な出展作品の形態に落ち着くまでのプロセスを聞くことができ、とても興味深かったです。

デジタル系の作品はどれも面白かったのですが、ちょっと物足りなかったのは、他の作品よりも「骨」が見えづらかったことです。これらデジタル系作品の「骨」は何でしょうか。プログラムのソースコードやアルゴリズム、データ構造かもしれません。私は、制作者の頭のなかにある、作品を完成にみちびくための、論理的な概念図のようなものが「骨」にあたるのではないかと思います。せっかくの「骨」展なので、この「骨」をなんとか可視化して展示してほしかったと思います。

会場のショップで、遊び心と探求心で彩られた素敵な素敵な本を見つけました。電車や飛行機、オペラ劇場など、いろいろなものを輪切りにしたイラストで図解した絵本です。やっぱり物事は表面だけでなく「骨」を見つけられると、わくわくしますね。


"クロスセクション―輪切り図鑑 有名な18の建物や乗物の内部を見る" (リチャード プラツト)

《スラムドッグ$ミリオネア》は、「弟モノ」だ!

映画《スラムドッグ$ミリオネア》(Slumdog Millionaire)を観ました。

スラムドッグ$ミリオネア
http://slumdog.gyao.jp/

Slumdog Millionaire
http://www.slumdogmillionairemovie.co.uk/

おとぎ話のようでノリのよいエンターテインメント作品でした。

1.《スラムドッグ$ミリオネア》で、スラムはわからん!

スラムの野良犬こと、スラムドッグが主人公なので、インドのスラムの様子が描かれていますが、これはお話なので、インドのスラムについて分かるわけではありません。スラムを描いたドキュメンタリー映画として、こちらもオスカーを獲った《未来を写した子どもたち》(Born into Brothels: 売春窟に生まれて)も、とても興味深かったのでオススメします。もちろん、こちらの映画を観ても、本当のことは何もわからないことには代わりありませんけれど。

未来を写した子どもたち
http://www.mirai-kodomo.net/

Born into Brothels
http://www.kids-with-cameras.org/bornintobrothels/

Kids with Cameras
http://www.kids-with-cameras.org/

2.《スラムドッグ$ミリオネア》は、音がいい!

映画を観ていて気になったのは、いろいろな「音」です。

ひとつは、TV番組「ミリオネア」のなかの音です。このTV番組は、演出やビジュアルはもちろん、SEがよくできていると思いました。回答の選択肢をロックするサウンドが、番組の緊張感をうまく引き上げています。

もうひとつは、銃声音がひびく挿入歌があったことです。事前に、映画のサウンドトラックをラジオかどこかで聴いていて、ある曲のサビに銃声音が入っているのが、観る前から気になっていました。実際に使われていたシーンは、残虐なシーンではありませんでした。あとで曲と歌詞を調べてみたら、やっぱり尋常ではありません。歌手のM.I.A.はスリランカ系英国人で、その謎めいた名前は、Missing In Action(=戦闘中行方不明者)をあらわすそうです。

M.I.A.《Paper Planes》

わたしが本当にやりたいのは バン!バン!バン!バン!(銃声音)
それから カーッ チン!(キャッシャー音)
あなたから金を奪うこと

All I wanna do is (BANG BANG BANG BANG!)
And (KKKAAAA CHING!)
And take your money

これが4回も繰り返されます。なんとも恐ろしい歌詞です。プロモーションビデオでは、ニューヨークでホットドッグを売っている移民の姿として描かれていますが、その他にもいろいろな場面を思い浮かべてしまいます。

どうやら、この曲の銃声音は問題となったようで、興味深いことに、MTVでは銃声ではなくドラムの音に置き換えられているそうです。

3.《スラムドッグ$ミリオネア》は、「弟モノ」だ!

さて、私がもっともこの映画にグッときたことがあります。それは、「弟」を描いていたことです。一般的に物語にはいくつかの類型があるといわれていますが、私は「弟」という存在・心理を描く「弟モノ」というジャンルがあるのではないかと思います。そして、《スラムドッグ$ミリオネア》は、典型的な「弟モノ」ストーリーだったのです。

後半に、主人公の兄が、こんな台詞をつぶやきます。

「俺は世界の中心の中心にいる」(I am at the centre of the centre.)

スクリプトは、ここを参照しました。
http://www.imsdb.com/scripts/Slumdog-Millionaire.html

この瞬間に、私は、ああ、この映画は、六田登の漫画『ICHIGO──二都物語』のインド版なんだと思いました。『ICHIGO』も、都市の発展を背景に、歪んだ男兄弟の成長を描いた物語なのです。この場面以降、私は、『ICHIGO』を思い浮かべずに観ることはできませんでした。

とはいえ、ここを読んで『ICHIGO』を読んでも、全然関連ないストーリーじゃないの、と思われる人がほとんどだとおもいます。それでも男兄弟の末っ子である私は、『ICHIGO』と《スラムドッグ$ミリオネア》の双方が、弟が兄に対して抱く複雑な感情を見事に描いていると思ったのでした。

映画 スラムドッグ$ミリオネア(みやばら美か)
http://www.miyabaramika.com/archives/16  

活版体験!

printinghouse.jpg

印刷博物館の印刷工房で、活版印刷を体験しました。

印刷博物館
http://www.printing-museum.org/

自分で書いた原稿の活字をひろう文選と植字作業、
さいごにアダナ印刷機での刷りをしました。

実は、実家で活版印刷をやっていたので、文選はよく手伝っていました。
ただし、植字や組み付け、刷りは父だけの聖域でした。

子供の頃、父の目を盗んでは、手動の印刷機のレバーを上下させては遊んでいました。
ディスクとローラーが密着してインクが練られるのが何とも気持ちがいいんです。

植字をやったのは、初めてです。
センタリングするには、込め物を左右に同じ量つめますが、
欧文でわずかなすき間が空いてしまいました。
最も薄い込め物が、0.25(mmかな?未確認)だけれど、
両方に入れる2個分のすき間はありません。
「そういう時は、単語間の空白に足してごまかせばいい」と、インストラクターさん。
なるほどなあ。

わずか1時間ほどの体験でしたが、楽しかったです。
あー、組み付けや解版までやってみたい。

ちなみに、上のイラストは樹脂版です。

氾濫するイメージ

気になる作家が多かったので、八王子市夢美術館の企画展「氾濫するイメージ」を観に行きました。

会場の八王子市夢美術館は、ビルの2階にある美術館でした。天井高も高くなくて、美術館というよりも貸ギャラリースペースのような佇まいです。会場入口にいた警備員は、「異状ありません!」と、ずいぶん仰々しい敬礼つきで交代していて笑えました。文化というよりもお役所の香りが感じられます。でも、なかなかマニアックな企画展がたくさん開催されている不思議な美術館です。

展覧会は、主に昭和40年代のポスターや装丁や漫画など、好きな人にはたまらない、でも肌に合わない人には気持ち悪いだろうイメージが並んでいます。ちなみに、私は好きなほうです。印刷のための原画の展示が数多くあって、作家が書き入れたであろう色指定などの印刷のための指示がとても興味深かったです。

図録を買いたかったのに、すでに売り切れらしく、次の巡回展の会期中に美術館に問い合わせろと掲示してありました。注文ぐらい受けつけてほしいけれど、売る気がないのかな。

赤瀬川原平が、漫画を描いているとはしりませんでした。画風が、つげ義春にそっくりで、勘違いしそうになります。というか、いろいろな漫画家のタッチの真似がうますぎます。

タイガー立石は画家だと思っていたけれど、漫画を描いていました。毎日中学生新聞に連載されていたという『コンニャロ商会(モータース)』の原画がありましたが、このコマ割りやユーモアがとても面白かったです。これは隠れた名作だと思います。

この時代の社会状況や雰囲気は、生きていないのでよく想像できません。ただ、社会の大きな変動と同時に、ビジュアルの世界でも大きな波が押し寄せていたのだなと感じました。どの作家も、前衛とアングラとコマーシャルをやすやすと横断して活動しているのが印象的で気持ちがよかったです。

横尾忠則のアングラ演劇のポスターなどが好きな方には、おすすめの展覧会です。

「氾濫するイメージ 反芸術以後の印刷メディアと美術1960’s – 70’s」
八王子市夢美術館
2009年4月4日(土) ー 2009年5月17日(日)
http://www.yumebi.com/

出品作家
赤瀬川原平
粟津潔
宇野亜喜良
木村恒久
タイガー立石
つげ義春
中村宏
横尾忠則

巡回展

2009年8月29日(土)〜10月12日(月・祝)
栃木県の足利市立美術館
http://www.watv.ne.jp/~ashi-bi/

追記
Mixi日記でコメントいただきましたが、この展覧会は、うらわ美術館からはじまっていたそうです。
うらわ美術館
http://www.uam.urawa.saitama.jp/